君が代について

2・君が代の歌詞



君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで


ミソヒトモジ(31文字)正確には「さざれ石の」が字余りで32文字で出来ている世界一短い歌詞である。
初見は古今和歌集と云われている。読人しらずという歌には、本当に作者がわからないもののほかに、作者の身分が卑しいためにあえて秘する場合がある。いずれにしてもこの歌が歌集に収められるためには作品として優れたものでなければならない事には間違いない。
歌詞の内容については諸説あるので「君」がだれのことをさすのか、というようなことは専門家にお任せする。

 とにかくこの歌詞をローマ字に直して、フェントンに渡された。明治3年8月の事である。
しかしフェントンは「1.2ヶ月待って欲しい。」といってそのまま机の中にしまい込んでしまった。
これにいらだった関係者たちは9月8日の軍事大訓練当日、明治天皇御前で「君が代」初演奏を捧げたいと言い出したのである。これはあと2週間後のことで、余りにも無理な話であった。フェントンが断ったのは当然のことであるが、結局強引に押し切られる形で承諾してしまったのである。
 だが、引き受けたものの作曲は遅々として進まなかったようだ。
結局、行き詰まったフェントンは通訳の藩士原田宗助に、その得意とする「武士の歌を歌わせて、メロディーを五線紙に写し取ったと伝えられている。
おそらく詩吟のたぐいであったと思われるこの曲を、西洋人が聞いてもなんの参考にもならないのである。
 結局このようにして作られた曲が明治3年秋、国歌として発表され、その後、6年間も「ザンギリ頭、羽織に股引き、素足にわらじ」の軍楽隊員によって演奏されることになったのである。 これを仮に「第一の君が代」と呼ぶことにする。
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